別れ際の美学


キャバクラはカテゴリとしては飲み屋ですけど、お酒だけおいてる店との値段の差を考えれば明らかにわかる通り、はあくまでお酒は添え物、メインは女の子。現に、飲めないのに女の子にハマってしまったが故高いセット料金を払ってウーロン茶やミネラルウォーターを飲んでいるお客さまも数多くいらっしゃいますから。

それではキャバクラに飲みに来るお客さんが女の子に求めてる事。これはもう人によって様々ですが、雛子の少ない経験上の印象を比率にすると大体

1.男同士の付き合い+α、場の盛り上がりと華やかさを求めて‥‥30%
2.お店の中だけで、お気に入りの女の子をみつけてコミュニケーションを楽しむ‥‥30%
3.女の子と知り合うチャンスを求めて、あわよくば口説き落とそうと目論んで‥‥30%
4.その他(女の子の個人的な知り合い、義理、ホストの営業、雨宿りetc)‥‥10%

表面的にはこんな感じになるかな。もちろん雛子は女なので、男のお客さんがその胸のウチで何を考えてらっしゃるのか本当の意味では理解不能なわけですけれども。

これは女の子サイドの話、1.のお客さんと言うのはいわゆる潜在的市場ってやつですね。女の子の腕次第では2、3に移行する可能性を秘めてる。そして一番接し易くありがたいお客さんというのが2.あしらうのに多少の労力を要し、場合によっては非常に「ウザい」ことになるのが3.但し、2.3.の境目と言うのもかなりあいまい。女の子としては3.を色恋営業で引っぱっておいてだんだん態度を変化させ、なんとか2.に移行させるとか、その辺のテクニックも必要になってくるわけです。あーあ、大人ってやあね。

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半年以上勤めた八王子のお店をやめる直前の出勤日。今まで雛子を指名してくれてたお客さんが次々にお別れをしにきてくれました。

やめる事をちゃんと報告して挨拶するってのは、まあそれなりに通ってくれてたり同伴してもらったりして親しくなっていたお客さんたちです。色恋営業は避けるように頑張っていたんですが、どうしてもそれに近くなってしまいがちな雛子の悪い癖で、告白されてしまって、断って、それで疎遠になってしまうのでなかなかお客さんとのフラットな関係を続けるのには苦労しました、そんな中最後までのこってくれた方達には本当に感謝してるんだよ。

でもね。皆さんに同じように接客していても、こちらの胸のうちは多少ばらつきがあったりして。

「残念だなー、ねえ、これからも時々でいいからつきあってよ、だめかなあ。また面白いお店探しておくからさ」
Fさん。何回も同伴してくれてありがとう。気持ちは嬉しいんですけど、雛子はそのへんのけじめはちゃんとつけたいのでご遠慮しておきます。ごめんなさい。ちょっとばかり自慢話が鼻につくけど、でもとってもいいお客さんだったよ。

「あー、やっとやめるんだー。キャバ高えよ、これからはプライベートで遊ぼうよ。やめるんなら暇になるでしょ?毎日電話しちゃうよー」
ふざけんなボケ。あなたみたいな世間知らずがいるから接客業は大変なんです。外で会ってコールあしらうのってあんまり回数重なると本当うんざりするんですから。K君、あなたの知ってる携帯の番号は勿論営業用なんで、雛子は明日から音信不通になります。ごめんなさい。

「これでもう雛ちゃんとはお別れかー。寂しいなー、いつでも戻って来なよ」
はい、雛子も寂しいです。残念ながら多分もう戻る事はないけど、かわいがってくれたKさんのこと、今でも時々思い出すよ。

「寂しいなあ。寂しいなあ。ねえ、一緒に写真とっていい? 今日だけでいいから、お店の後つきあってよ。今日だけは、朝まで一緒にいてよ。大丈夫だよ、何もしないから。ね?ね?
ごめんなさいとってもキモイです。なんでそんな必死ですか。奥さんに同情しちゃいます。っていうかむりやり撮られた2ショットの写真がどうなったのかだけがとっても心配です。あー二度と関わりたくない。

「あーせいせいするよ、これからは日替わりで違う子指名できるもんね。」
J君。なんだかんだ言いながら結構通ってきてくれてました。最後の日はめずらしく一人で来て延長してくれて嬉しかった。ありがとう。電話したら他のキャバクラにいた事もちょくちょくあったりして、ちょっとばかりお金使い過ぎな気がします。まだ若いのに、雛子は少し心配です。年も近いし話してて面白かったし、雛子の方から「今度プライベートで遊んでよ」とか言いそうになったけど我慢しました。私たちは、友達ではないんです。

「また、雛子みたいな子見つかるかなあ。難しいだろうなあ。また、どっかで始める時は絶対電話しろよな、また指名してやるからさ」
Mさん。あなたは雛子にとってすごく大事で大好きなお客さんだったよ。何か買ってもらったりしたこともないしそんなにお金持ちじゃなかったけど、お店への電話で雛子の出勤日をまめに確認して何度も通ってくれて、ちゃんと礼儀正しく雛子を大切にしてくれた。

お店をやめてからも八王子に住んでいた時は、繁華街をあるいているといつものメンバーと一緒に楽しげに、若しくは一人で背中を丸めて歩いているMさんを何度か見かけたりしました。どっかのキャバクラでまたお気に入りの子を見つけたのかな、とか思うとちょっとジェラシー。「おー、元気か」なんて声をかけてくれたりすると本当に懐かしくて嬉しくなる。そこで、「一緒に飲みに行くか?」なんて決していわないMさんだからこそ、雛子は今でも大好きなんだ。もし誘われたら、多分飲みくらいはつきあってしまったりするでしょう。でも今はもう、お店という私たちを繋いでくれてた場はないし、現実世界でつながってしまったらきっとお互いのお互いに対するバランスはあやふやになってしまうし結局、あの頃みたいな楽しい時間はもう決して戻らないんだ。Mさんはそのことをちゃんと知ってる。そしてそのことは、お互いにとって全く大した事じゃない。そういうちょっとした切なさにこそキャバクラの醍醐味があるんだと雛子は思います。

‥‥‥‥んー。多少の本音が。でもこの感覚、わかってもらえるだろうか?

お客さんはお客さん。一度お金を払ってもらって成立した関係は、滅多な事じゃ他のものにかえることはできない。
だからあくまでもちょっとした「大人の遊び」。そのことだけをわきまえていればキャバクラってのは、そこにお金が発生する事で「一緒に過ごす意味がある」充実した出会いの場でもあるんだよ。
心と財布に余裕を持った、限定された場での特殊なコミュニケーションとして女の子との会話を楽しみたい人にのみお勧め。

お金を除いた「自分の価値」みたいなものを女の子に押し着せようとするような言動は止めといた方が無難です。キャバクラ嬢の本心ってのは要するに、過剰な愛情には寄り付かずえさをやりつつ知らん顔しとけばなつく、気まぐれな猫みたいなもんなんですから。とわかってはいてもついついハマってしまう馬鹿な大人がいて、それを食い物にするしたたかな夜の女がいて、現実とは別空間の恋愛、一歩手前の駆け引き、恋とか愛とかの偽物がいっぱい転がってて、だから夜の繁華街は楽しいなあ、と思ったりもするのですけどね。

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