同棲日記-1

 

八王子へ向かう2tトラックの助手席でCDプレイヤーを抱きかかえながら、甲州街道を西へ。
全開の窓から窓へビュウビュウと通り抜ける風が汗ばんだ肌に心地よい。
感慨深く眺める、ようやく見なれてきた男の横顔。
青く晴れた空の面積が大きくなるにつれ、近付く私たちの生活。

何かから遠ざかっている。
その感覚は否めない。
現実感が乏しい。
この男は誰だろう?

会話がとても達者な男だ。噛んで含めるような、意味が脳に行き渡るのと同じ速度でくり出される言葉は時折、心地よく私のいろんな部分の琴線に引っかかりながら関係を少しずつ強めていく。
映画と役者への揺るぎない批評眼、演技の哲学、人との距離の置き方。関係の作り方。
信頼している。しかし何かがごっそりと抜け落ちているように思える。

「所詮井の中の蛙なんだよ、彼は。」

大した知り合いでも無い癖に、と思うのと同時に何故か他の彼に対するどんな評価よりも納得出来てしまうSの言葉。結果的に私と彼が知り合うきっかけを作ったSは、それ以外にも時折私の人生の中で重要な役割を果たす。

それでも。誰かの言葉に、依存しないと歩けない。
何も出来ない私には、少しでも強固なよりどころが必要だった。
Sには寄りかかれない。真実に近い分、危うすぎるから。
迷いの無い男の言葉はそれだけで、とりあえず私が向かうべき方向を指し示してくれる。

不安定なOSでも、無ければ動かないんだよ。

リセット。とにかく今は。
心を平安に、生き続けさせる方法を考えよう。

***

「お前さ、お母さんに俺のことなんて言ったの?」
「なんで?」
「娘をよろしくお願いします、て言われた」
「ああ、劇団の座長だって言った。でも、ちゃんと気付いてるよ。あのひと馬鹿じゃないし。」
「ああそう。」

複雑そうにニヤッと笑う。
時々、何を考えてるかストレートにわかる。
不安定さを覆い隠すように、たまらなく好きだ。

「暑い。喉乾いた、ポカリスエット買ってきて」
渡される500円硬貨。2t車をガード脇へ寄せ、エアコンのスイッチを入れた。

自動販売機から冷たく汗をかいた缶を取り出す。戻ってきたコインをもう一度入れ直す。二本目。

空が青い。

じっとりと絡み付く熱気、淀み無い車の流れ、誰かのオープンカーから盛大に垂れ流される浜崎あゆみの新曲。彼は売れ出す前から結構好きだって言ってたな。どこがいいんだろう。

大きめのマットレスと古いTVと本の山。他、過去の全てを置き去りにして八王子に移り住む。1年目の夏。

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20歳/1999

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