同棲日記-2

 

山の上の校舎からバス停に向かう坂道の途中。鱗雲の流れる空に新校舎建設のためのクレーンが聳える。
部活の稽古のない平日。4時間目の講義も早々にあける。

あと2時間で彼の仕事が終わる。
急いでスーパーで買い物をして、洗濯物を取り込んで、食事の支度をして。

日々の雑事を順序立ててこなしながら、先の見えない充実感に一時身を委ね、それはそれで今はいい、幸せだと頭で考えるよりも早く体が溶けてしまう。

9月も半ばを過ぎて大分過ごし易くなった。
未だ空に残る鱗雲。程よい湿気の中たゆたうような茜色がすきだ。
開け放したキッチンの窓から流れ込む夕方の甘い空気。
家々の換気口から立ち上る夕食時の匂いと混ざりあい、窓の外をゆっくりと流れて行く。

遠くに踏切の警報が聞こえる。

目の前の充電器に差し込んであった携帯電話が鳴る。あと10分で帰ってくる。
胃の中にふわりと灯が灯るように、嬉しくて唇を噛んだり。
まにあった。‥‥‥何が?

ユニットバスを丸洗い、今日一番に話すこと、
寝る前に見る映画のセレクト。
ガスコンロの上でことことと音をたてるポトフ。
今日も、明日も、あさってもずっと、私たちは一緒に食事をして一緒に風呂に入り一緒に眠るのだ。

誰かが保証してくれないものだろうか。
誰かがこの幸せな日々に、鍵をかけてくれないものだろうか。
何故誰も保証付きの未来を生きる事が出来ないんだろう。
何故私は、いつか破綻することを知ってしまっているのだろう。

愛しい足音が近付いてくるのがきこえる。
インターホンとともに鍵を差し込む音が響く直前。
泣きたい。幸せだ。苦しくて切ない。とても幸せだ。

これからずっと、いつまでも、死ぬまで、今日のような日々を今のような気持ちで、過ごす事ができるなら私は、一生デザイナーになどなれなくてもいいと思った。

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20歳/1999

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